こんにちは、しましまです。
だいぶ間が空いてしまいました。
次男が不登校になって2か月。
今思えば、相当ストレスが溜まっていた次男ですが、だいぶ回復してきたみたい。
まあでも、学校には少なくとも2学期中は行かないみたいです。
3学期も微妙。
学年が上がったら行くみたいですが。
理由が先生のやらかしだからなあ…そりゃそうか。
子どもにとって1年は本当に貴重。
学校でしか経験できない行事、体験ごとが経験できないのはもったいない気持ちがいっぱいです。
コロナ禍対策が緩まってやっと子どもたちの生活が日常に戻りつつある中で、だし。
でも、許せないものを許さないといけないくらいならいいかな、とも思います。
自分の大事にしていること、本質を否定されたり蔑ろにされたことを許すって、自分を大事にしてない、そんなふうに思ってしまうんです。
実際はそれとこれとは別なんだけれど。
別だとわかっていても割り切れないし、この気持ちを否定したくもないんですよね。
自分を否定しているのと同じですから。
だから許すことはできない。
許す代わりにできることといえばその時の許せない気持ちを薄れさせること。
距離を置いて目の前から消す。
実体として感じない距離まで離れる。
それでようやく薄れていくんです。
でも、薄れるだけでなくすことはできないんです。
ふとした時にぶり返されます。
これ、本当に辛い。
自分の大事にしていること、本質を否定されたり蔑ろにされたことって、一種のトラウマになるんです。
許して昇華する。
心を幸せで満たせば許せるようになる。
許せないのは心を縛られているのと同義だから解放したほうがいい。
『許せない』と検索したら出てくる心理系の常套句です。
言ってることは否定しません。
けれどそもそもこれを読んで聞いて「なるほど」と思える人はすでに許せちゃってる人です。
解決どころかできない自分を追い込まされるだけです。
トラウマ級の許せないを何十年も抱えている私が保証します(苦笑)
許さなくていい。
許せなくていい。
ただ離れて心が凪ぐまで待つ。
親としてできるのは、普通に過ごして見守るくらいかな…。
何にせよ次男のがトラウマ級になっていないことを願うばかりです。
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